『1頭の種牡馬の凄いクセをつかむだけで1千万円稼ぐ』双馬毅(著)

 基本的には距離延長・距離短縮に向く種牡馬について書いた本。
 距離適性という考え方がある。
「アエロリットは東京1600が得意だ」「ハーツクライ産駒は長距離が得意だ」など。
 しかし著者は、これでは得意距離で凡走した場合、その理由が分からないまま馬券を書い続けることになるという。

 サラブレッドは長い年月をかけて速く走るよう改良されてきた。そのため、馬を速く走らせることは技術的に難しくないらしい。一方、ゆっくり走らせるのは難しい。
 そのため、基本的に大半の馬はスピードが速くなる距離短縮のほうが気持ちよくレースをできると著者は言う。
 走らせる技術だが、折り合いをつける技術で騎手の差が出るのは実感として理解できるだろう。折り合いをあまり気にしなくても良い短距離やダートでは、新人ジョッキーも活躍しやすい。

 また、馬は前走で走った距離の記憶を頼りに走ろうとすると続ける。
 昔、グランプリボスが「1200を使ったら1200の馬になってしまう」という理由で矢作調教師がマイルにこだわっていたが、1200のペースを覚えてしまうと1600で苦しくなるのだろう。また、距離延長した場合に引っかかりやすいというのは実感として理解できると思う。
 筆者は、年と共に距離適性が短くなる馬のほうが多いように感じる(パッと重い浮かぶところでキズナ)が、どうだろう?
 ともかく、前走の距離を頼りに走るのならば、距離が短い方が楽に感じるに決まっている。

 その中でも、距離短縮に特に強い種牡馬、反対に距離延長が得意な種牡馬、大まかな系統が100程度収録されている。

 何故、こうした傾向が生まれたのだろう? 国ごとにおける競馬の質の違いがこの傾向を生んだと著者は言う。
 ヨーロッパの競馬は基本的に道中ゆったりと折り合わせて、長い直線をバテず最後まで走らせようとする。
 アメリカは前半から飛ばして最後まで脚を残した馬が勝つような競馬である。
 日本はその中間とも言える。
「適度に追走して適度に脚を余しながら残り2ハロンから仕掛け、最後の1ハロンにギュッとキレる馬が勝つ」と著者は書いている。
 この国毎の傾向については亀谷敬正が『血統の教科書』でも書いているので、いずれ記事にしてみようと思う。

 初めに例を挙げたアエロリットは父ヴァイスリージェント系。母父がネオユニヴァース。
 ヴァイスリージェント系は芝の高速馬場に強いとされている。
 母父のネオユニヴァースは父でも母父でも距離延長向きの特色を出すと書いてある。

 アエロリットの2019年秋のローテーションは見事にこれらの特徴を体現した。
 春の安田記念2着から距離延長の毎日王冠でも2着、相手強化に加えて距離不安もささやかれた天皇賞・秋でも3着の好走である。

 アエロリットは「高速馬場得意・距離延長得意」と言えるだろう。
 三歳時は距離延長のクイーンカップで楽勝。再度距離延長の秋華賞は馬場悪化で惨敗。
 四歳時。中山記念2着後、距離短縮、稍重馬場のヴィクトリアマイルで4着。同距離・良馬場の安田記念で2着。距離延長の毎日王冠1着。時計のかかる馬場だったマイルチャンピオンシップは距離短縮で惨敗。
 五歳時。アメリカでは重い馬場でやる気をなくして惨敗。ヴィクトリアマイル5着を挟んで、同距離の安田記念2着(同距離続きというのは距離短縮よりは良い)。
 引退レースは距離延長の有馬記念だというが、どういう結果になるか楽しみである。馬場次第では押さえたいところ。

 本書には、今まで書いてきたような具体例も複数載せられている。

 興味深かったのがロードカナロア産駒。
 頭が良くて前走の経験をよく覚えている反面、初めての経験や大幅な条件替わりに弱いという。少しの条件替わり、これがベストらしい。
 すぐに思いついたのが、ファンタジスト。北九州記念はしばらく長い距離を使っていて久しぶりの1200。ここで全く追走できずに惨敗。
 しかし次走のセントウルステークスでしっかり1200に対応してきた。
 スプリンターズステークスでは大外枠から積極的な競馬をしたのが響いたのか、惨敗してしまったが、次の極端な小回りの浦和でのJBCスプリントで惨敗。
「少しの条件替わりが良い」という傾向はしっかり覚えておきたい。

 血統が絡んできて難しそうな印象を抱く人がいるかもしれないが、極めて簡単な本だ。
 基本的には距離延長が得意な馬の方が圧倒的に少ないため、それだけ覚えておけばかなり活かせると著者は言う。

 (2019年のエリザベス女王杯、筆者は、府中牝馬ステークスの内容が圧巻だったスカーレットカラーを本命にしようか迷っていた。結局、本命にしなかったのは、ヴィクトワールピサが距離短縮が得意な種牡馬に挙げられていたため、というのも理由の一つである)

 個人的にはどこまでこの距離短縮・延長を馬券に活かせるのか分からない。が、予想で迷った時の決め手にもできるだろう。

 読みやすく、根拠もしっかり書いてあるので、オススメの一冊である。